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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)362号 判決

主文

一  被告東京都大田区洗足福祉事務所長がした別紙一<3>・<4>の各処分を取り消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告東京都大田区洗足福祉事務所長との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を被告東京都大田区洗足福祉事務所長の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告東京都大田区との間に生じたものは原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告東京都大田区洗足福祉事務所長が原告に対してした別紙一記載の各処分及び平成六年一月二六日付け生活保護決定処分(洗祉発第二四四六号)を取り消す。

二  被告東京都大田区は、原告に対し金二三〇万円並びに内金二〇〇万円に対する平成六年一二月二一日から、及び内金三〇万円に対する平成七年五月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、生活保護受給者である原告が、原告の母の介護に要した費用、生活保護費の受領のために要したタクシー料金、洗濯機の修理代金、転居費用及びそれらの申請のために支払った提出費用等に係る生活保護申請を被告東京都大田区洗足福祉事務所長(以下「被告所長」という。)が却下した処分並びに原告の母の受ける障害基礎年金を収入認定して原告世帯への保護費を減額した処分の各取消しを求めるとともに、被告所長が違法な右各処分を行ったこと、保護費の支給方法のうちに適正ないし迅速を欠いたものがあったこと、ホームヘルパーが洗濯機を破損したこと及びホームヘルパーの派遣をしなかったことにより損害を被ったとして、被告東京都大田区(以下「被告区」という。)に対しその損害賠償を求めている事案である(損害の内訳は、別紙四のとおりである。)。

一  本件訴訟に至る経緯等(当事者間に争いのない事実等。なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1 原告は、母である甲野ハナ(大正一五年一二月一日生まれ、以下「ハナ」という。)と共に、平成七年四月ころまで東京都大田区《番地略》乙山方のアパート(以下「原告住居」という。)に居住していた。ハナは、国民年金法施行令別表一級一〇号に該当する精神障害者であり、糖尿病や高血圧症の持病も有している。

原告は、平成五年一二月四日に交通事故に遭い、同月五日から一九日まで城南総合病院附属第二病院(以下「城南病院」という。)に入院した。(甲九号証(ハナの診断書))

2 原告及びハナ(以下「原告世帯」という。)は、平成四年四月二七日、被告所長から生活保護開始決定を受け、同月一三日分以降の生活保護費から受給を開始した。なお、ハナが受給すべき障害基礎年金については、ハナがこれを現に受給できるよう受取口座を変更するまでの間、当面の収入認定が猶予された。

平成五年七月一日時点において、被告所長は、原告世帯に対し、厚生大臣が定めた昭和三八年四月厚生省告示第一五八号「生活保護法による保護の基準」(平成五年三月二九日の改定による改定後のもの。以下「本件基準」という。)に基づき、生活扶助及び住宅扶助(以下両者を併せて「保護費」という。)として、以下のとおり月額一八万二三六〇円を支給していた。

(一) 衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの(生活保護法(以下「法」という。)一二条一号、以下「経常的最低生活費」という。)

(1) 第一類費(個人的経費、飲食物費や被服費など個人単位に消費する生活費)

原告 三万六四四〇円

ハナ 三万四四五〇円

(2) 第二類費(光熱費や家具什器費など世帯全体として支出される経費) 四万四五二〇円

(3) 第一類費加算(特別の需要がある者が必要とする生活費)

障害者加算(ハナ分) 二万五七一〇円

障害者を介護する者に対する加算(原告分、以下「世帯員介護費」という。) 一万一二四〇円

(二) 住宅扶助(法一四条) 三万〇〇〇〇円

3(一) 本件基準別表第1、第2章4(4)は、国民年金法施行令別表一級に該当する障害のある者で当該障害によって日常生活のすべてについて介護を必要とするものを、その者と同一世帯に属する者が介護する場合においては、世帯員介護費を算定するものとし、同(5)は、障害者加算を受けるべき者につき、介護人をつけるための費用(以下「世帯員外介護費」という。)を要する場合においては、六万七三五〇円の範囲内において必要な額を算定するものとし、世帯員介護費の算定をするときは世帯員外介護費の算定をしないものと規定している。

また、本件基準二項は、要保護者に特別の事由があって、別表第1ないし第7に定める一般基準によりがたいときは、厚生大臣が特別の基準を定める旨を各規定している。そして、昭和三八年四月一日社発第二四六号厚生省社会局長通達「生活保護法による保護の実施要領について」(以下「本件局長要領」という。)第六、2、(2)、エ、(オ)(ただし、平成六年三月二九日社援保第六八号による改定前のもの。)は、介護人をつけるための費用が右一般的な世帯員外介護費の限度額である六万七三五〇円という基準によりがたい場合であって、やむを得ない事情があると認められるときは、一〇万一〇三〇円の範囲内において都道府県知事の承認を得た上で特別基準を設定して必要な額を認定して差し支えないものとし、昭和三八年四月一日社保第三四号厚生省社会局保護課長通知第四の六三によれば、世帯員外介護費につき特別基準を適用すべき「やむを得ない事情」とは、介護を必要とする者が特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令別表第一に定める程度の障害の状態にあり、日常起居動作に著しい障害のため真に他人による介護を要する場合をいう」とされている。

(二) 本件局長要領第六、4、(1)、カ(ただし、平成六年三月二九日社援保第六八号による改定後のもの。)は、被保護者が転居に際し敷金等を必要とする場合で、オに定める限度(当時の原告世帯の場合、月額六万一五〇〇円)以内の家賃等を必要とする住居に転居するときは、別に定める額(当時の原告世帯の場合、二四万六〇〇〇円)の範囲内において特別基準の設定があったものとして必要な額を認定して差し支えないものとし、同ウは、被保護者が真に必要やむを得ない事情により月の途中で転居した場合であって日割計算による家賃等につき、一か月分の基準額(当時の原告世帯の場合、六万一五〇〇円)の範囲内で必要な額を認定して差し支えないものとしている。

(三) また、収入の認定につき、昭和三六年四月一日厚生省発社第一二三号厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」(平成六年三月二九日発援第一〇〇号による改定後のもの。以下「本件事務次官通知」という。)第七--三(2)アの(ア)は、就労に伴う収入以外の恩給、年金等の収入については、原則としてその実際の受給額を認定することとしている。

(四) 被告区においては、区内に居住する老衰、心身の障害及び傷病等の理由によって臥床しているなど、日常生活を営むのに支障があるおおむね六五歳以上の者のいる家庭であって、当該高齢者又はその家族が高齢者の介護サービスを必要とする場合にホームヘルパーを派遣する事業(高齢者ホームヘルプサービス)と、区内に居住していて重度の心身障害のため日常生活を営むのに支障がある心身障害者(児)のいる家庭であって、心身障害者(児)又はその家族が当該心身障害者(児)の家事、介護のサービスを必要とする場合にホームヘルパーを派遣する事業(心身障害者(児)ホームヘルプサービス)とを実施していた。これらの制度は、その適用対象を生活保護世帯に限るものではなく、申請者世帯の生計中心者の所得に応じた利用費用の負担が予定されているものである。

4 原告は、被告所長に対し、別紙一のとおり各保護申請をしたが、被告所長はこれらをいずれも全部ないし一部却下する旨の処分(以下併せて「本件各処分」という。)をした。

このうち、処分番号<1>から<4>までの各処分は、ハナの介護をする家政婦を雇用するために支出した費用(以下「本件世帯員外介護費」という。)の保護申請に係るもの、同番号<5>の処分は、保護費の受領のために要したタクシー代金(以下「本件タクシー代金」という。)の保護申請に係るもの、同番号<6>・<7>の各処分は、ハナの送迎に要した交通費及びその提出費用(以下「本件提出費用等」という。)の保護申請に係るもの、同番号<8>の処分は、洗濯機の修理のために要した費用(以下「本件修理費用」という。)等の保護申請に係るもの、同番号<9>の処分は、転居の際に要した敷金等の費用(以下「本件転居費用」という。)の保護申請に係るものである。

また、被告所長は、平成六年一月二六日付け洗祉発第二四四六号をもって、同年一月一日以降ハナが受給する国民年金障害基礎年金月額七万六八〇〇円を原告世帯の収入と認定する旨の生活保護変更決定(以下「本件収入認定処分」という。)を、平成六年三月二八日付け洗祉発第三七六〇号をもって別紙二の(1)ないし(4)の申請に係る通院交通費につき東京都大田区洗足福祉事務所の窓口で支給する旨の生活保護変更決定(以下「本件窓口支給処分1」という。)を、同年四月一五日付け洗祉第四五七九号をもって別紙二の(5)の申請に係る通院交通費につき同様の生活保護変更決定(以下「本件窓口支給処分2」という。)をそれぞれ行った。

5 原告が本件各処分を不服として東京都知事に対し別紙一のとおり審査請求をしたところ、同知事は、本件訴訟提起時においてこれらに対する裁決をしていなかった。

また、原告が本件収入認定処分及び平成六年一月分のハナの障害基礎年金相当分に係る保護費の返還要求を不服として東京都知事に対し平成六年一月三一日に審査請求をしたところ、同知事は、同年九月一三日に右審査請求のうち本件収入認定処分に係る部分を棄却し、保護費の返還要求に係る部分を却下する旨の裁決をした。右裁決を受けてされた原告の再審査請求について、厚生大臣は本件訴訟提起時において裁決をしていなかった。

6 原告は、被告所長に対し高齢者ホームヘルパー及び心身障害者(児)ホームヘルパーの各派遣申出をしたが、被告所長はそれぞれについて不派遣通知をした。その詳細は、別紙三のとおりである。

二  争点

本件の争点及びこれに対する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1 本件世帯員外介護費に係る別紙一<1>ないし<4>の処分の違法性

(一) 原告の主張

原告は、城南病院からの退院後においても右足の負傷のために運動能力が制限され、歩行・排泄・炊事・買い物・入浴等日常生活に不可欠な事由につき、ハナの介護どころか自分自身について介護を要する状態であった。原告は、退院後も松葉杖を使用しており、安静が必要であった。

他方、ハナは精神分裂病のほか、糖尿病に起因して視力も極めて低下しており、介助無しで歩行することができないなど、日常生活につき常時充分に介護できる者の存在が絶対的に不可欠な状態であった。

もっとも、網野浩医師の作成した平成五年一二月二七日付け医療要否意見書(以下「網野意見書」という。)には、退院後は原告がハナの介護を行うことができたかのような記載があるが、右意見書は原告がハナの介護を行っているとの観点には基づいてはいない上、原告住居の具体的な状況や原告の日常生活についての考慮もされていないから、原告がハナの介護をし得たかという点に関する判断資料にはならないのである。

また、被告所長は、平成六年三月三日以降、ハナに対し、ホームヘルパーの派遣を開始したが、原告の交通事故による負傷の程度は、退院以降軽減していく傾向にあったのであるから、右派遣は、被告所長においても退院以後の原告世帯における世帯員外介護の必要性を自認したものと解される。

よって、平成五年一二月一五日から平成六年二月八日までの間、原告にとってハナの介護に当たることは不可能であり、世帯員外介護が現実に必要であったことは明らかであるから、本件世帯員外介護費(別紙一<1>ないし<4>の処分の合計で六三万九五五円)及びその提出費用(別紙一<1>ないし<3>の処分の合計で二四〇円)は保護の対象とされるべきである。

さらに、ハナ程度の障害を持つ者の世帯員外介護には少なくとも一日八時間程度を要するのに、東京における世帯員外介護の時給約一四〇〇円を前提とすれば、本件基準一項の一般基準では一日二時間弱、特別基準でも一日三時間弱しか世帯員外介護を利用できないことになる。よって、一般基準及び特別基準は、明らかに現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するものであるから、個々の国民が健康で文化的な最低限度の生活を現実に営めるように配慮しているとは到底いえず、生活保護法の趣旨に反し、憲法一三条、二五条一項にも反する。

加えて、被告所長は、平成五年一二月分の保護費について、世帯員外介護費から、支給済みの世帯員介護費を差し引いて支給した旨主張するが、本件局長要領によれば、このように差し引く処理は翌月分から行うこととされているから、かかる処理は明らかに不当である。

したがって、別紙一<1>ないし<4>の各処分は違法である。

(二) 被告所長の主張

大田区洗足福祉事務所の職員(以下「事務所職員」という。)は、平成五年一二月六日、城南病院における原告の主治医から、原告は現状でも歩こうと思えば歩ける状態である旨を、同月一五日には、同医師から、原告から裁判所宛に負傷のため出廷できない旨の診断書の作成依頼があるが、原告は充分裁判所に出廷可能であるのでそのような診断書は作成できない旨を、同月一六日、大森赤十字病院の原告の主治医から、原告は杖なしでかかとを突いて歩くことも可能であり、一般には原告の負傷の程度で支障無く日常生活を送っている人は沢山いる旨を、平成六年一月一四日、新井整形外科の主治医から、当時の原告の状態では原告自身の身の回りのことはできる旨を、同年二月一日及び同月四日には、同医師から、原告の怪我の状態は初診時である一月六日から変わっていない旨を各聴取している。

また、網野意見書添付の「日常生活力の状況」には、原告は「入浴」欄を除き全部自力でできる旨の記載が、城南病院からの平成六年一月一二日付け医療要否意見書添付の「日常生活力の状況」には、原告は「入浴」・「歩行2」欄を除き全部自力でできる旨の記載が、新井整形外科からの平成六年一月六日付け医療要否意見書(以下「新井意見書」という。)添付の「日常生活力の状況」には、一四項目中自分でできるもの九項目、一部介助とするもの四項目、不明一項目との各記載がされていた。

よって、平成五年一二月一五日ないし平成六年二月八日ころまでの間、原告は、日常生活において必要とされる歩行・炊事・買い物等の動作について、ほぼ自力で行い得たことは疑う余地がない。

そして、原告が、平成五年一一月末までハナを伴ってタクシーで公衆浴場へ行ったとし、そのタクシー料金について保護申請をしていることからすれば、ハナは、衣服の着脱、湯船への出入り等を全て自分自身で行っていたことが推認できるし、平成六年一月一八日、事務所職員らが原告住居に実態調査に行った際、原告自身の口から、ハナは自分で布団をたたんでいるとの話がされたほか、ハナの歩行も充分可能であると判断できている。

さらに、原告の陳述書中にも、ハナに金銭の管理をさせていたこと、ハナ宛の信書は開封せずに同人に渡していたこと等を伺わせる記載がされている。

よって、当時ハナの眼の状態が悪かったとか、その日常の全ての動作に他人の介護が必要であったとは到底考えられないのであって、ハナの介護が必要であったとしても、その範囲は買い物・掃除・洗濯・調理程度の軽い家事援助で足りるものであり、ハナには特別基準を適用すべきような「やむを得ない事情」もなかったのである。

なお、被告所長が平成六年三月三日以降について、ハナに対するホームヘルパーの派遣を開始したのは、原告の右足が骨髄炎を併発し、ハナの介護が不可能であるとの平成六年二月一八日付け宮下外科の診断書(以下「宮下診断書」という。)を平成六年二月二五日に受領したことに基づくから、右派遣開始をもって原告世帯がそれ以前にも世帯員外介護を必要としていた証左とみるのは誤りである。

したがって、退院後の原告は、十二分にハナの介護を行えたはずであるから、被告所長は、本件局長要領第六、2、(2)、エ、(ウ)ただし書に従い、世帯員外介護費六万七三五〇円から既に支給済みの世帯員介護費一万一二四〇円を減じた五万六一一〇円を一か月の日数三〇で除し、それに世帯員外介護の必要が生じた日から月末までの日数である二七日を乗じて平成五年一二月分の原告世帯に係る世帯員外介護費の額を算定して支給するとともに、平成六年一月分以降については保護費として世帯員外介護費のみ支給したのである。

加えて、本件基準において定める世帯員外介護費の支給額及び支給基準は、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律における介護手当の場合とほぼ同一であるから、本件基準は充分な合理性を有し、憲法二五条にも違反しない。

また、被保護者が保護申請のために郵便等の通信手段を利用することは通常予測される事柄であるから、申請書の提出費用も経常的最低生活費の中に含まれる。

以上によれば、別紙一<1>の申請のうち、平成五年一二月一五日から同月一九日までの分は既に支給済みであり、同月二〇日以降の世帯員外介護費の支給を求める同<1>の申請の一部、同<2>ないし<4>の各申請は本件基準所定の世帯員外介護に係る要件を満たさないことになるから、別紙一<1>ないし<4>の処分は適法である。

2 本件タクシー料金に係る別紙一<5>の処分の違法性

(一) 原告の主張

福祉事務所の近所に住んでいるか否かによって保護費の支給額が実質的に異なってしまうのは不都合だから、交通事故により歩行困難に陥った者につき、本件タクシー料金(一六八〇円)とその提出費用(八〇円)のような保護費の受領に要した費用が支給済みの保護費の中に含まれているとは考えられない。

しかも、福祉事務所の経理事務執務手引書には、扶助費は、給付の性質にかんがみ、あくまでも要保護者の便利を考慮して支払うことが必要である旨明記されており、実際に原告世帯の保護費は原則として自宅支給がされていたのである。

そして、郵送ないし口座振込の方法によれば要保護者側は保護費の受領に際して何らの負担も要しなかったはずであるから、被告所長において支給方法についての配慮を欠いた結果必要となった本件タクシー料金については、改めて保護の対象にすべきである。

したがって、別紙一<5>の処分は違法である。

(二) 被告所長の主張

保護基準は一般国民生活水準との均衡を考慮しながら算定しており、最低限度の生活に必要な家計費目の積み上げはしていないのであって、もともと生活保護費が予定している品目などは存しないから、予見可能性を問題にすること自体失当であるところ、被保護者が保護申請又は保護費受領のために福祉事務所へ来所する費用が日常生活の需要を満たすために必要なものであることは明らかであり、仮に予見可能性が問題になるとしても、これらは通常予測されることである。

したがって、かかる費用は経常的最低生活費に該当し、既に原告に支給されていることになるから、別途その支給を求める申請を却下した別紙一<5>の処分は適法である。

3 本件提出費用等に係る別紙一<6>・<7>の処分の違法性

(一) 原告の主張

保護費は当月分の生活費に当てられるものであるから、申請するかどうか不確定の保護申請費用はこれに含まれるはずがない。

また、被告所長は、ハナのショートステイの送迎に要したタクシー料金自体については、保護費に含まれないものと認定して別途保護したのであるから、その保護申請のための郵便費用である本件提出費用(合計一六〇円)は、たとえ少額ではあっても保護されるべきである。

したがって、要保護者の現実の必要性を軽視してされた別紙一<6>・<7>の処分は違法である。

(二) 被告所長の主張

保護申請書の提出費用は、経常的最低生活費の中に含まれ、既に原告に支給済みであったから、別途その支給を求める申請を却下した別紙一<6>・<7>の処分は適法である。

4 本件修理費用に係る別紙一<8>の処分の違法性

(一) 原告の主張

被告所長の派遣したホームヘルパーは、平成六年五月二日ないし六日の間に、過失により、原告所有の二槽式洗濯機の内蓋を破損させた。

したがって、右洗濯機破損に基づく損害の填補費用(修理代金六一八円、バス代金七六〇円)及びその申請書の提出費用(八〇円)については、通常予見されない支出として保護の対象とされなければならないから、別紙一<8>の処分は違法である。

(二) 被告所長の主張

原告世帯の洗濯機に破損が生じたか否か、生じたとしてそれが被告所長の派遣したホームヘルパーによってもたらされたものか否か自体明らかではないが、仮に右事実が認められたとしても、洗濯機の修理費が日常生活の需要を満たすために必要なものであることは明白である。また、洗濯機が壊れることは予見し得ないものとはいえない。

したがって、経常的最低生活費中の第一類費として既に原告はその支給を受けているのであって、別途その申請を却下するのは当然であるから、別紙一<8>の処分は適法である。

5 本件転居費用に係る別紙一<9>の処分の違法性

(一) 原告の主張

法は、生活困窮者の自立をもその目的とするものであり(一条)、安定した住居の確保は、自立のため必要不可欠・最低限度の保障である。

そして、原告は、平成六年七月、ハナと共に家賃七万円のアパートに転居し、本件転居費用(敷金一四万円、礼金一四万円・仲介手数料七万円・前家賃七万円で合計四二万円)を負担したが、今日一般に東京において転居するに当たり、敷金二か月分・礼金二か月分・仲介手数料一か月分・前家賃一か月分の負担を強いられることは通例であること、東京都内において大人二人が居住するアパートを賃借する場合の家賃としては月額七万円という金額は低廉であること(ハナは障害者だから右アパートにある内風呂等の設備は必要なものであるし、右アパートは日照も悪く、面積も国が定めた最低居住水準に満たないのである。)、家賃については基準額の上限である六万一五〇〇円まで支給されていること、引越費用については支給されていることなどに照らすと、被告所長が本件転居費用のうち前家賃の一部しか認めず、敷金等について一切保護の対象としなかったことは何ら合理性がなく、違法である。

加えて、住宅扶助等について定めた本件基準や本件局長要領は、明らかに現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するものであるから、法の趣旨に反しており、憲法一三条、二五条一項に違反している。

したがって、本件転居費用のうち六万一五〇〇円までしか支給しなかった別紙一<9>の処分は違法である。

(二) 被告所長の主張

原告が転居した先の住居の家賃は月額七万円であるから、本件局長要領第六、4住宅費、(1)、カ所定の要件を満たさない。また、前家賃については、同ウが規定する一か月分の家賃等の基準は六万一五〇〇円であった。

そこで、被告所長は、本件転居費用のうち、敷金等については認定せず、六万一五〇〇円という基準の範囲内で一か月分の家賃を認定したのである。

そして、平成六年七月一日現在、東京都区部における被保護者借家間借世帯が平成六年七月分として支払い、又は支払うことになっている実際の家賃間代の額を調査した結果、六万一五〇〇円という金額は、東京都区部において家賃間代を負担している被保護者世帯のうち、およそ九五パーセントをカバーする額であることが判明していることからも、六万一五〇〇円という基準には合理性があることが明らかである。

また、原告世帯の住居移転の際に支給した引越費用は、本件局長要領第6、2一般生活費、(7)、ア、(サ)に基づき、生活扶助に係る移送費として支給されており、住宅扶助である敷金等とはその支出の根拠が全く異なるから、両者間の不均衡は問題とならない。

したがって、別紙一<9>の処分は適法である。

6 本件収入認定処分の違法性

(一) 原告の主張

法は、生活困窮者の最低限度の生活を保障すること及び自立を助長することを目的としており(一条)、憲法二五条一項に基づく救貧政策の制度的現れであるのに対し、国民年金法は、障害者等の生活安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、健全な国民生活の維持・向上に寄与することを目的とするものであって(一条)、憲法二五条二項に基づく社会福祉政策の制度的現れであるから、両者は制度趣旨が異なり、全く分離して運用されなければならない。

よって、生活困窮状態にある障害者は、生活保護によって最低限度の生活を保障され、自立を助長された上で、ともすれば障害のために安定を害されがちな生活を維持・向上させるために障害基礎年金の支給を受ける権利を有するのであり、かく解することが、憲法一三条、一四条及び二五条の趣旨に合致する。これに対し、障害基礎年金額を収入として認定して保護費から差し引くとすると、生活困窮状態にあり、保護費を下回る障害基礎年金を支給されている障害者は、障害基礎年金制度による利益を受けることができず、結局、単に救貧制度たる生活保護しか受けられなくなるのであって、違法・違憲である。

また、障害基礎年金は、法四条にいう「利用しうる資産」には該当しないものというべきであり、少なくとも、障害基礎年金が実態上世帯の更生に充てられている場合には、これを「利用しうる資産」と認めることは明らかに不合理である。

さらに、法八〇条は、やむを得ない事由がある場合における保護費の返還免除を定めているところ、原告世帯は、原告が平成五年一二月四日に交通事故に遭ったことにより、本件変更処分時には支給済みの保護費を既に消費していたのであるから、仮に障害基礎年金の収入認定がされる場合であっても、当然に返還免除がされるべきであった。

したがって、本件収入認定処分は違法・違憲である。

(二) 被告所長の主張

法は、保護は、生活に困窮する者がその利用し得る資産、能力その他あらゆるものをその最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われるとし(四条一項)、さらに、保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うとしている(八条一項)。

そして、ハナの障害基礎年金(月額七万六八〇〇円)は、原告世帯の生活需要を満たすために活用できる金銭収入であり、ハナはその全額を実際に受領しているから、障害基礎年金全額が原告世帯の収入となる。

また、自立するために就労した者もその就労所得分は保護を減額されることからすれば、仮に障害基礎年金が自立のための制度という性格を有しているにしても、法四条所定の「利用しうる資産」と解して妨げない。

したがって、平成六年一月以降の原告世帯に対する保護費は、本件基準所定の保護費のうち月額七万六八〇〇円で満たされない部分のみであるから、本件収入認定処分は適法である。

また、本件収入認定処分に際し法八〇条に基づく返還免除をしなかった点についてみても、同条が例外規定であることからすれば、同条所定のやむを得ない事由が認められるのは、漸く保護を必要としなくなった者がその返還を強制すると再び被保護者となるおそれがある場合などに限定されるべきところ、自立の努力を真摯にしているとは認められない原告には右事由は認められないのである。

7 被告所長が本件各処分及び本件収入認定処分を行ったことに基づく損害賠償請求について

(一) 原告の主張

被告所長が違法な本件各処分及び本件収入認定処分を行ったことにより原告が被った損害は合計七〇七万三〇七三円に相当するが、そのうち二〇〇万円を請求するとともに、本件訴訟遂行に要する弁護士費用として必要な三〇万円を請求するものである。

(二) 被告区の主張

本件各処分及び本件収入認定処分には何ら違法がないから、原告の請求には理由がない。

8 本件窓口支給処分1に基づく損害賠償請求について

(一) 原告の主張

前記2(一)のとおり、被告所長には保護費の支給方法について配慮すべき義務があるところ、被告所長は、原告が外出するに当たりタクシーを利用しなければならないことを熟知しており、故意又は重大な過失によって右義務に違反していたことは明らかであって、違法な本件窓口支給処分1により原告が被った損害は、一一万一七六〇円に相当するが、そのうち二万一七六〇円を請求する。

(二) 被告区の主張

保護費の支給方法については法令上特段の定めはないから、被告所長の裁量によるものとされているが、実際には以下のとおり運用されている。

(1) 経常的最低生活費については、各月の初めの定例日に一か月分を金融機関の窓口を通じて支給する(定例払)

(2) (1)によりがたい臨時的な経費については、各月に三回の特例日を設け、保護申請があった時点で、支払手続が可能な直近の特例日に福祉事務所の窓口で支給する(特例払)

(3) (1)及び(2)によらず、新たに保護申請したとき又は保護の変更申請をした時点において所持金がない場合等には、緊急保護として保護決定の日に福祉事務所の窓口で支給する(緊急払)

そして、通院交通費は医療扶助の移送費として支給されるものであるから、(2)に該当するものとして手続上可能な直近の特例日である四月四日に福祉事務所の窓口で支給したのである。

したがって、本件窓口支給処分は適法であるから、原告の請求には理由がない。

9 ホームヘルパーによる洗濯機破損に基づく損害賠償請求について

(一) 原告の主張

ホームヘルパー事業の実施主体は被告区であり、その不法行為に関する責任主体も被告区であるところ、被告所長の派遣したホームヘルパーは、平成六年五月五日ないし六日の間に、少なくとも過失により原告所有に係る二層式洗濯機の内蓋を破損させたのである。そして、右内蓋は、通常の用法に従えば洗濯機本体よりも先に破損するものではないし、内蓋を破損させたホームヘルパーが公務員ではなく家政婦紹介所から派遣された者であったとしても、派遣決定等を被告所長が行う点において公務員の場合と何ら変わりはない。

したがって、被告区は、ホームヘルパーの不法行為につき損害賠償責任を負うのであり、右不法行為によって原告が被った損害は、一一万一四五八円に相当するが、そのうち二万一四五八円を請求する。

(二) 被告区の主張

仮に、被告所長の派遣したホームヘルパーが原告所有に係る洗濯機を破損させたものとしても、右ホームヘルパーは家政婦紹介所に登録がされている民間のホームヘルパーであり、被告らと右ホームヘルパーとの間には雇用関係は存在しない。

したがって、原告の請求には理由がない。

10 本件窓口支給処分1、2等の遅延に基づく損害賠償請求について

(一) 原告の主張

被告所長は、原告世帯の通院交通費に係る別紙二の保護申請に対し、一か月半ないし二か月以上も経過した後に本件窓口支給処分1、2及びこれに基づく支給を行っているが、原告は通院交通費につきその都度現実に現金を支出しているのであるから、本件窓口支給処分1、2及びこれに基づく支給は、明らかに生活困窮者の生活実態・実情を無視するものであり、生活困窮者の生活を現実的・実質的に圧迫するものである。

しかも、福祉事務所の経理事務執務手引書中には、扶助費は、給付の性質にかんがみ、あくまでも要保護者の便利を考慮して支払うことが必要である旨明記されているのである。

また、行政手続法二四条に基づき、保護の変更の申請に対する処分に関する標準処理期間は原則として一四日以内、例外的な場合でも三〇日以内とされているのであるから、被告所長の支給の遅滞は明らかに不当である。そして、かかる遅滞は、当月分の保護費は当月分の生活需要を満たすものであるという法の趣旨・目的にも反するものである。

したがって、本件窓口支給処分1、2及びこれに基づく支給にかかる遅滞は違法であり、これによって原告が被った損害は五五万円に相当するが、そのうち一〇万円を請求する。

(二) 被告区の主張

原告世帯の通院交通費に係る別紙二の(1)ないし(4)の保護申請(ただし、(1)につき三一日までとあるのは三〇日までが、(3)につき三一日までとあるのは二八日までが、(4)につき一日からとあるのは二日からがそれぞれ正しい。)について、これに対する支給の前提となる資料が整ったのは早いもので平成六年三月一六日、遅いものでは同月二二日であり、別紙二の(5)の保護申請について、その資料が整ったのは同年四月一三日であるところ、本件窓口支給処分1は同年三月二八日に、本件窓口支給処分2は同年四月一五日にそれぞれされているから、社会的にみても相当な期間内の処分であり、何ら違法ではない。

したがって、原告の請求は理由がない。

11 本件転居費用の一部支給処分の遅延及び支給方法の違法に基づく損害賠償請求について

(一) 原告の主張

被告所長は、原告の本件転居費用に係る申請に対し、別紙一<9>の処分をしたが、右処分は申請から三か月も経過した後にされ、支給も福祉事務所の窓口で行うというものであって、原告は平成六年一一月二二日に窓口でその支給を受けた。

しかしながら、原告は本件転居費用につき現実に現金を支出しているのであるから、右処分及びこれに基づく支給は、明らかに生活困窮者の生活実態・実情を無視するものであり、生活困窮者の生活を現実的・実質的に圧迫するものである。

しかも、福祉事務所の経理事務執務手引書中には、扶助費は、給付の性質にかんがみ、あくまでも要保護者の便利を考慮して支払うことが必要である旨明記されているのである。

したがって、被告所長のかかる処分・運用は、法の目的に反し、明らかに不当であって、これによって原告が被った損害は一〇万円に相当するが、そのうち一万円を請求する。

(二) 被告区の主張

原告は、転居前の住居の立ち退きに当たり、家主から建物明渡請求訴訟を提起され、控訴審での和解において、家主より一五〇万円を受領することとなった。原告が右立退料を本件転居費用に充当しているのであれば、法四条によりさらに本件転居費用を保護費として支給することはできないので、被告所長は、文書等で、原告に対し前記立退料の使途を報告するよう求めていたが、原告が最終的に報告を提出したのは、平成六年一〇月一四日に、転居先の品川福祉事務所長に対してであり、その文書の写しを被告所長が入手したのは、平成六年一〇月三一日になってからであった。

右文書中には、立退料の全てを本件転居費用以外の用途で費消した旨記載されていたため、被告所長は平成六年一一月一四日に別紙一<9>の処分をしたのである。

したがって、別紙一<9>の処分は社会的にみて相当な期間内に行われたものであって何ら違法はないから、原告の請求は理由がない。

12 別紙三<1>・<2>処分に係る損害賠償請求について

(一) 原告の主張

被告区は、別紙三<1>の処分につき、高齢者の公衆浴場における入浴中の介護を制度として行うのは無理であり前例もない旨、同<2>の処分につき、精神障害者はホームヘルプサービスの対象である心身障害者には含まれない旨を各主張する。

しかしながら、同<1>の処分についてみると、原告は、ハナが公衆浴場で入浴するに当たり、転倒事故や他客との軋轢を起こさないように注意を払ってくれる人が必要であったので、ホームヘルパーの派遣申出を行い、実際に派遣を受けたことがあったし、被告所長から「ホームヘルパー派遣対象者の入浴可否に関する意見書」の提出を求められ、入浴可とする医師の意見書を提出したのである。

また、常時介護に当たる介護人には、週一、二日程度の休養が必要であり、これは介護の基本である。

さらに、同<2>の処分についてみると、精神障害者が他の障害者と差別されてはならないことは憲法一四条から明らかであり、このことを明確にした障害者基本法二条は、同法の制定過程や他の条項からみても、特に行政サービスの提供に当たり、精神障害者を他の心身障害者と差別することなく、同じ障害者として平等に対応すべきことを定めた規定であるし、要綱に基づく給付行政であっても、平等原則に違反することは許されないという意味において、法律による行政の原理の適用を受けるのであり、実質的にみても、精神障害者を障害者に含めないという形で区別を設けることには何らの合理的根拠もなく、それぞれの障害の内容・程度に応じた必要性に基づいて行政サービスが提供されれば足りるのである。

したがって、別紙三<1>・<2>の処分は違法であり、これによって原告が被った損害は一〇二万円に相当するが、そのうち一二万六九二七円を請求する。

(二) 被告区の主張

高齢者ホームヘルプサービス事業取扱要領によると、介護者の休養のためのホームヘルパー派遣が認められるのは、派遣対象者が四肢不自由・寝たきり等全面介助を要することが必要であるところ、ハナはこれに該当しない。また、公衆浴場で入浴中の高齢者を介護するためのホームヘルパーの派遣は前例がなく種々検討した結果、かかる介護はホームヘルパーに脱衣を強要することになるから、制度として行うことは無理と判断したものである。

さらに、本件心身障害者要綱は、昭和五八年二月に、当時施行されていた心身障害者対策基本法、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法及び児童福祉法を根拠とし、その精神を汲み入れて制定施行されているところから、同要綱において派遣対象者としている「心身障害者」という概念も、右各法律とりわけ心身障害者対策基本法の概念を前提としているところ、同法施行当時においては、精神障害者は精神衛生法の定める保健医療の対象であって、右にいう「心身障害者」には含まれていなかったから、前記要綱の対象者にも含まれていない。もっとも、平成五年に心身障害者対策基本法の全面改正により障害者基本法が制定され、その二条において、同法にいう障害者には、精神障害があるため長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者も含まれると規定されているが、被告区の心身障害者(児)ホームヘルパー派遣事業は、法律とは制度を異にする要綱に基づいて行われているし、新たに精神障害者へのホームヘルパー派遣を実施するためには、その介護内容等を検討してそれに応じた人的・物的派遣体制を確立し、本件心身障害者要綱を改正する必要があるのである。

したがって、別紙三<1>・<2>の処分はいずれも適法であるから、原告の請求は理由がない。

第三  争点に対する判断

一  生活保護受給権の性質と違法性判断の基準

1 法が、すべて国民は法所定の要件を満たす限り法による保護を無差別平等に受けることができるとし(二条)、その保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要に基づいて行うものとし(八条一項)、右基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって、かつ、これをこえないものでなければならない旨規定している(同条二項)ことに照らすと、生活保護を受給する権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するに足りると認めて定めた保護基準による保護を受ける権利であると解すべきである。

もとより、厚生大臣が定める右基準は、憲法二五条一項及び法に定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならないが、健康で文化的な最低限度の生活の具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴って向上するものであるし、当時の国家財政の規模及び状況、国民所得ないしその反映である国民の一般的生活水準、都市と過疎地における生活の格差等の生活外的要素まで含めた多数の不確定要素を総合考慮して決定されるべきものであるから、右基準の設定は、厚生大臣の合目的的な裁量にゆだねられているものと解される。

したがって、厚生大臣が定めた保護基準が現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等、憲法及び法の趣旨・目的に反し、法によって与えられた裁量権の限界を越えたものであると認められる場合でない限り、右基準に基づいて実施された生活保護については、違法の問題を生じることはない。

2 ところで、厚生大臣は、保護基準において、地域の級地区分、要保護者の年齢及び世帯人員別に応じた生活扶助の基準生活費の額を定めるとともに、障害者加算として、地域の級地区分、障害の程度に応じた加算額及び障害者と同一世帯に属する者が介護する場合における加算額を定めている。

そして、《証拠略》によれば、生活扶助の基準生活費の改定率は、昭和五九年以降、いわゆる水準均衡方式により、政府経済見通しにおける当該年度の民間最終支出の伸び率を基礎とし、前年度までの一般国民の消費水準との調整を行うことによって決定されていること、現在の被保護世帯の消費支出は、一般勤労世帯の消費支出の約六八パーセントに達し、一般国民の消費実態との均衡上も、健康で文化的な最低限度の生活としてはほぼ妥当な水準に達していることがそれぞれ認められる。

また、障害者加算は、障害者が最低限度の生活を営むについて健常者に比べてより多くの費用を要することにかんがみ、基準生活費を障害の程度に応じて上乗せするとともに、当該障害により日常生活の全てについて介護が必要な者につき、その者と同一世帯に属する者が介護する場合には、別途基準生活費を上乗せするものであり、必要即応の原則(法九条)の本件基準における現れともいうことができ、その加算には相応の合理性が認められるものということができるし、介護費は世帯員による場合と世帯員外介護費を要する場合とに分け、給付金額の上限を定め、世帯員外介護費の上限額により難い、やむを得ない事情があるときは、特別基準を設定する方途を設けているところ、介護に関する施策には、被介護者の状況に応じて、医療扶助(法一五条)の活用による入院や保護施設への収容(法三八条)の方途もあることを考慮すると、これらの施策を必要とするまでに至らない介護を前提とする限り、右介護に関する基準にも合理性があるものということができる。

このように、本件基準は、国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障すべく相応な根拠に基づいて定められたものと認められ、憲法二五条一項及び法の趣旨及び目的に反し、法によって与えられた裁量権の限界を越えたものであると認めるに足りる証拠はない。

二  争点1(本件世帯員外介護費に係る処分の違法性)について

1 別紙一<1>・<2>の処分について

(一) 《証拠略》によれば、被告所長は、平成五年一二月分の原告世帯に係る保護費については、本件基準が定める世帯員外介護費の上限額である六万七三五〇円から、世帯員介護費一万一二四〇円を控除して得られた差額五万六一一〇円を一か月の日数三〇で除し、それに世帯員外介護の必要が生じた同月五日から同月末日までの日数である二七を乗じた結果、本件世帯員外介護費を五万〇四九九円と算定し、これを既に支給済みの同月分の保護費への加算として支給したことが認められるところ、右給付は本件基準の上限を適用したものであるから、法違反の問題を生ずるものではない。

また、特別基準は、本件基準による給付では本件基準が予定する最低限度の生活をも保障し得ない場合に定められるものである(本件基準二項)から、世帯員外介護費の加算における特別基準の要件としての「やむを得ない事情」とは、本件基準に規定する世帯員介護費、世帯員外介護費の要件よりも介護の必要性が高く、被介護者が日常の起居動作に顕著な障害を有し、真に介護が不可欠な場合と解すべきであるところ、当時のハナの状況は後記認定のとおり右に至る程度のものということはできないから、本件について世帯員外介護費に関する特別基準を設定する方途を講じなかったことも、本件基準に反するものということはできない。

そして、このように解したとしても、《証拠略》によれば、事務所職員らも原告の入院に際してハナの入院を考慮し、実際に入院先をいくつか当たっており、原告もハナの入院について渋々ながらも一応は承諾していたものと認められることからすれば、ハナにつき家政婦雇用による住宅介護以外の方法により得ないような特段の事情があったとまではいえないのであって、他に別紙一<1>・<2>に係る申請につき本件基準を適用することが右基準の合理性を覆すものと認めるに足りる証拠はない。

(二) この点につき、原告は、原告が平成五年一二月一五日から三一日までに支出した世帯員外介護費は合計二三万〇五八〇円であるところ、この間原告がハナの介護に当たることは不可能であり、右費用の支出は必要不可欠であったし、被告区が原告世帯にホームヘルパーを派遣したことは世帯員外介護の必要性を示すものであったから、その全額を保護費として支給しなければ違法である旨主張する。

しかしながら、家政婦雇用による在宅介護が多額の費用を要し、平均的な勤労世帯においてもかかる介護方法を採ることは経済的に困難であること、要介護者に対する生活保護給付としては入院、施設収容等の方途をも用いることができることからすると、保護世帯が自らの判断によって世帯員外介護を付したとしても、このことをもって本件基準を不合理とし、あるいはこれによる給付を違法ならしめる事由と解することはできない。また、本件基準に従って行われる生活保護と、生活保護受給者でなくても本件高齢者要綱所定の介護必要世帯であれば広くその対象とする被告区の高齢者ホームヘルプサービス事業とではその趣旨、目的及び要件が異なるのであるから、原告の右主張は失当である。

(三) さらに、原告は、別紙一<3>を含め、申請書の提出費用についても別途保護すべきである旨主張するようである。確かに、保護受給のための費用の負担を軽減して保護の申請ないし受給を容易ならしめることは、右費用をも負担し得ない貧困者に対しても生活保護制度の無差別平等な利用を保障するために考慮さるべきことではあるが、個別的権利行使のためにする申請の費用が個々の被保護者の生活保護受給権の対象になっているとはいえず、これを本件基準所定の経常的最低生活費と別に保護しないからといって、直ちに本件基準の合理性が否定されるものとはいえないから、原告の右主張は採用することができない。

さらに、原告は、平成五年一二月分の保護費については、本件基準所定の世帯員外介護費から支給済みの世帯員介護費を控除したのは本件局長要領に違反するとも主張する。しかしながら、本件局長要領第六、七、(2)、エ、(ウ)は、保護受給中の者について月の中途で新たに障害者加算の認定を変更すべき事由が生じたときは、原則としてそれらの事由の生じた翌月から加算に関する最低生活費の認定変更をするが、世帯員外介護費の加算を行うべき者についてはその事由の生じた日から日割計算により加算の認定変更を行って差し支えない旨定めていることが認められるところ、世帯員介護費と世帯員外介護費の重複給付は否定されていること(本件基準別表第1、第2章4(4))を考慮すれば、介護需要の変化に伴う世帯員介護費から世帯員外介護費への切り替えは原則として翌月から行うが、場合によってはその差額を日割計算で当月から支給するとするのが本件局長要領の趣旨であることが認められるから、原告の主張は失当である。

(四) 以上によれば、別紙一<1>・<2>の処分は適法であるといえる。

2 別紙一<3>・<4>の処分について

(一) 本件訴訟に至る経緯等において既に摘示したとおり、本件基準別表第1、第2章4(5)は、介護人をつけるための費用を要する場合においては、別に六万七三五〇円の範囲内において必要な額を算定する旨規定しているところ、弁論の全趣旨によれば、「介護人をつけるための費用を要する場合」(以下「世帯員外介護費要件」という。)とはいかなる場合なのかを外部に具体的に明らかにした基準は特にないものと認められる。そうすると、世帯員外介護費要件の有無は、一般的な裁量基準なしに保護の実施機関の判断に委ねられているものと解されるから、本件基準にいう世帯員外介護費要件の意味内容は、法の趣旨、目的に照らし、社会通念に従って判断すべきことになる。すなわち、「介護人をつけるための費用を要する場合」とは、生活保護世帯において、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用しても(補足性)、世帯員が被介護者の介護をすることができず、そのために世帯員以外の者の介護を要し(世帯員外介護の必要性)、かつ、世帯員外の介護が有料で、これを世帯の費用において賄うこと(有償性)を意味するものと解すべきであり、換言すれば、介護者において単に通常の日常生活に支障があるというに止まらず、相応の工夫と努力をしても被介護者の介護をすることができず(世帯員による介護の著しい困難性)、親族その他の者の好意に基づく介護又は経済的援助も期待できない場合(介護費負担の困難性)をいうことになる。

(二) そこで、平成六年一月及び二月における原告世帯の状況についてみるに、該当箇所に適宜掲記する証拠によれば、以下のような事実を認めることができる。

(1) 平成六年一月ころの原告の主な怪我は、右足第三趾末節の壊死、同第四趾の基節骨骨折及び挫創であった。

(2) 壊死した患部は、放置すると周囲に壊死部分が拡大する可能性があるほか、菌に感染した場合には敗血症や骨髄炎になる可能性があり、そのため患部を清潔に保つことが必要であり、患部が冠水することは避けるべきであるとされている。なお、患部を安静にしていたか否かは、骨髄炎に陥る可能性と直接の関係はないとされている。

(1)のような骨折では、浮腫を生じないようにするためにはなるべく患部を心臓より上に挙上しておくことが必要であるが、一方で余り長時間挙上すると循環障害に陥る危険性もあるので、通常は就寝時間中を含めて一日一二時間から二〇時間の挙上が望ましいとされている。

(3) 平成六年一月ころの原告は、家の中を移動する時などの短い距離ならば踵を突いて松葉杖なしで歩行することができたが、長い距離を移動するには松葉杖でないと相当に困難であった。松葉杖を突いて移動する場合、一般に移動できる距離は一キログラムの荷物を持った場合で約五〇〇メートル程度であった。また、急な階段の昇降は不可能ではないにしても困難であり、殊に重い荷物を持っての昇降は相当に困難であった。また、布団等の重い荷物を持ち上げることも困難であった。

(4) 平成六年一月ころの原告にとって、和式便所における排泄は不可能ではないにしても相当に困難であった。そこで原告は、ハナがそれまで使用していたポータブル・トイレを共用していた。汚物は最低ほぼ一日に一度の割合で、一階の便所に流して処理する必要があった。

(5) 原告住居は、一三段ある比較的急な階段を昇った二階にある。右階段は五段上がった所に小さな踊り場があり、そこで左に九〇度向きを変えて続いている。右階段の外回り側は建物の壁で囲まれているが、内回り側は登り口に支柱があるのみで、いずれの側にも手すりはない。原告住居の便所は和式水洗方式で、玄関から出て階段を降りた右手にある。また、原告の洗濯機は一階にある。

(6) 原告住居前の路地を約二〇メートル進むとバス通りに出るが、右通りは南から北に向かって緩やかな上り坂となっている。バス通りを約三〇メートル北に向かうと道路の西側にあるスーパーマーケットを含め、右通り沿いには小さなスーパーマーケットが数軒あり、魚類、肉類、果物、調味料及び日用雑貨類等を扱っている。また、原告住居から半径一五〇メートル以内に、個人商店の魚屋、金物雑貨店及び履物店等が点在している。原告住居からの最寄りのバス停留所は、バス通りに出てから約一〇〇メートル北に行ったところにある「丙川前」である。

(7) 原告の通院先のうち、大森赤十字病院では整形外科での診察終了まで二時間程度かかることもしばしばあったほか、新井整形外科でも一時間程度待たされることがあった。

(8) ハナの疾病は、服薬が遵守されていればそれほど問題はないが、服薬を忘れると血圧が二〇〇以上に達する可能性がある。服薬管理が自分ではできないため、他人が常にその服薬を管理するとともに、継続的に診察を受ける必要がある。また、ハナ本人には自分が重篤な疾病にかかっており治療が必要であるとの認識がないため、他人が常にその様子を見守り、血圧上昇や低血糖を来さないように注意する必要がある。ハナが杖又は付添付きで歩ける距離は約三〇〇メートルであり、弱視のため二~三センチ四方の文字の判別が困難である上、他人との意思の疎通も充分にはできない。

もっとも、ハナは、公衆浴場に連れて行きさえすれば、湯船への出入り及び衣服の着脱等の動作は自力で行えたし、自分宛の手紙を読むことが可能であった。また、ハナは素直な性格で、家で寝たり起きたりという状態であるが、起居している時は家でおとなしく書き物などをしている。

(9) 大森赤十字病院や新井整形外科では、原告に対し、右足第三趾の壊死部分が敗血症等になるのを防ぐためにその切断手術を再三勧めていたが、原告は、自分が一切責任を持つ旨を述べて右手術を拒否していた。平成六年二月一八日ころ、原告の右足第三趾壊死部分は骨髄炎に罹患し、その治癒には一か月以上を要した。このため、この間の原告の歩行等の日常生活能力は一層減退することとなった。

(10) 原告は、平成六年一月一日から同年二月三日までの毎日と同月八日については私費で家政婦にハナの介護等を依頼したが、その後は同年三月二日まで自力でハナを介護した。

(三) (二)で認定した事実と本件訴訟に至る経緯等において認定した事実を総合すると、平成六年一月ころの原告の日常生活力については、排泄は二階のポータブル・トイレを使用する必要があり、そこに溜まった汚物を一階にある便所で処理することは極めて困難であったこと、ハナと二人分の洗濯物を一階の洗濯機まで運び、湿った洗濯物を二階に持って上がることは相当に困難であったこと、ハナと原告の二人分の食料等を買いに行くことは不可能ではないが、多くの物を持てないため一日分の量であっても店との間を荷物を持って何往復もしなければならない可能性が高かったこと、敷布団の片づけも困難であったことが認められる。

また、ハナの介護についてみると、居室内の介護に限ってみれば、服薬や血圧を慎重に管理し、その動静を注意深く観察していれば、日常動作の能力が劣っている者にとっても、ハナの介護が肉体的に著しく困難であるとまではいえないが、平成六年一月ころの原告にとってハナの通院に付き添うことは同女の視力や歩行能力に照らして相当困難であったこと、ハナを同行することが困難なため原告は自らの通院に際し原告住居を二時間以上空けざるを得ないこともあり、かかる原告の不在は前示のような疾病を抱えるハナの介護のためには好ましくないことが認められる。

(四) これに対し、被告区は、原告は城南病院を退院後も、骨髄炎に罹患するまでは日常生活が可能であり、ハナの介護も十二分に可能であった旨主張し、網野意見書、甲二〇一、乙一五、一六、三七号証の各記載中にもこれに沿う供述部分及び記載部分がある。しかしながら、既に説示したところによれば、網野意見書は原告住居の状況を前提とはせず、原告の一般的な動作能力を記載したものであることが明らかであり、甲二〇一及び乙三七号証の記載中、網野意見書の指標が原告世帯にもそのまま妥当することを前提とした部分も採用することができない。また、乙一五及び一六号証の記載中には、城南病院の主治医の話では原告が裁判所まで地下鉄で行くことは可能であると述べた旨の記載部分及び供述部分があるが、かかる一回的な行事への出席が可能であると医師から判断されたからといって、日常的にも荷物等を持った移動が不自由なく可能であるとの判断には直ちに結びつかないことが明らかである。

したがって、いずれの証拠も前記認定を覆すものではない。

(五) 右によれば、平成六年一月一日から同年二月八日までの期間については、原告自身が通常の日常生活に支障があったことはもとより、相応の工夫と努力をしてもハナの介護をすることが期待できない状況にあったものということができる。

なお、《証拠略》によれば、原告は父の遺産である約五〇万円の銀行預金を遺産分割が整わないまま管理していたこと、ハナに係る国民年金障害基礎年金(平成六年一月当時で月額七万六八〇〇円)は平成四年八月分からさくら銀行馬込支店の口座に振り込まれていたが、平成五年一二月分までは収入認定されず、主に原告が自己の老後の蓄えとして貯蓄していたこと、原告が平成五年一二月から平成六年二月までに要したとする世帯員外介護費のうち四〇万円は、前記銀行預金から原告が姉や弟の了解の下に引き出して支出したものであり、その余の部分の多くは障害基礎年金の貯蓄分から賄っていたことがそれぞれうかがえるから、原告が現実に支出した世帯員外介護費は、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用して賄うことができたものと解する余地がある。しかしながら、この点は、被告所長が本訴における別紙一<3>・<4>の各処分の理由として主張していないうえ、右遺産及び原告世帯の貯蓄に係る銀行預金の内容、権利関係については、原告からの証拠も、被告所長の調査も提出されていないので、右事情がうかがえることをもって、右各処分を適法ならしめる理由とすることはできない。

(六) したがって、ハナの状況に照らして、原告がハナを十二分に介護することができたとしてされた別紙一<3>・<4>の処分はその理由がなく、原告が現実に世帯員外介護を求めた平成六年一月一日から同年二月八日までの期間については、介護者において、相応の工夫と努力をしても被介護者の介護をすることができなかったものとして世帯員外介護費の給付の要否を検討すべきものであるから、右各処分を取り消すこととする。

三  争点2(本件タクシー料金等に係る処分の違法性)について

1 本件タクシー料金及び申請書の提出費用はいずれも保護費受給のための費用であるものと解されるが、原告世帯は、本件基準に基づいて経常的最低生活費を受給しているのであって、最低生活費として必要なものはこれによって賄うべきものであるところ、本件タクシー料金等も原告の生活保護受給権の対象になっているとはいえず、これを経常的最低生活費と別に保護しないからといって直ちに本件基準の設定に裁量権の逸脱があるとはいい得ないことは既に説示したとおりである。

なお、生活扶助は、「衣食その他日常生活上の需要を満たすために必要なもの」(法一二条一号)、すなわち一般的日常生活上の需要を金銭で給付するものであり(法三一条)、日常生活における諸活動において場所の移動がされることは通常の事態であるから、生活扶助としての「移送」(法一二条二号)とは、これら日常生活に通常伴う場所の移動とは異なる移動によって生じる支出を対象とするものと解すべきところ、被保護者において居宅から福祉事務所へ赴くのは通常の事態であるから、本件タクシー料金等が法一二条二号に当たるものと解することもできない。

2 これに対し、原告は、郵送ないし口座振込の方法によれば原告は保護費の受給に際して何らの負担も要しなかったはずであるから、本件タクシー料金は別途保護に値する旨主張するが、生活保護費の支給方法については法その他の法令上特に規定はなく、保護実施機関の裁量に委ねられているものと解されるから、その方法が著しく不当であり、被保護者に損害を与えたものと評価し得る場合には国家賠償法上の救済の対象となるかどうかを検討する余地はあるとしても、支給方法の不適切によって保護費受給のための費用を余分に要したからといって、右費用について別途保護に値するものと解することはできない。

3 したがって、別紙一<5>の処分は適法である。

四  争点3(本件提出費用等に係る処分の違法性)について

1 申請書の提出費用のような個別的権利行使のためにする費用は、個々の被保護者の生活保護受給権の対象になっているとはいえず、これを本件基準所定の経常的最低生活費と別に保護しないからといって、本件基準の合理性が否定されるものとはいい得ないことは既に説示したとおりである。

2 これに対し、原告は、申請に係るハナの送迎のためのタクシー料金自体は保護したのであるから、その提出費用も保護すべきである旨主張するが、申請された費用と、その申請自体に要した費用については、その保護の必要性を別途に検討するべきであるから、右主張は採用することができない。

3 したがって、ハナの送迎に係るタクシー料金のみを支給し、その申請書の提出費用については却下した別紙一<6>・<7>の処分は適法である。

五  争点4(本件修理費用等に係る処分の違法性)について

1 既に説示したとおり、生活扶助は一般的日常生活上の需要を金銭で給付するものであるが、洗濯機のような耐久消費財について、経年劣化等により修理が必要となったり、買換えの必要が生じたりするのは通常予想されることであるから、かかる諸費用についても、経常的最低生活費の中から支弁すべきものであると考えられる。

2 これに対し、原告は、被告所長の派遣したホームヘルパーが過失によって原告洗濯機を破損させたのであるから、本件修理費用及びその保護申請書の提出費用は保護の対象とされなければならない旨主張する。しかしながら、その場合には、別途国家賠償法上の不法行為責任が問題となる余地はあっても、右費用が生活保護支給権の対象となるものと解すべき理由は存しないのである。

したがって、別紙一<8>の処分が違法であったとはいえない。

六  争点5(本件転居費用に係る処分の違法性)について

1 原告の本件転居費用に係る保護申請に対し、被告所長が前家賃分として六万一五〇〇円のみを支給したことは当事者間に争いがないところ、本件訴訟に至る経緯等において摘示したところによれば、被告所長の右処分は、本件基準及び本件局長要領に従ってされたものであることが認められる。

2 これに対し、原告は、東京都内において大人二人が居住するアパートを賃借する場合の家賃としては、原告世帯の転居先の月額七万円は低廉であり、本件基準及び本件局長要領は、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するものであって違法である旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、平成六年度の東京都二三区内における本件基準所定の家賃・間代等の限度額は、東京都内に所在する第二種公営住宅の家賃の額等を参考に東京都知事が厚生大臣の承認を得て定めたものであって、その月額は四万七三〇〇円であり、本件局長要領所定の特別基準限度額である月額六万一五〇〇円は、本件基準所定の限度額に一・三を乗じて得られた額であることが、《証拠略》によれば、平成六年における被保護者全国一斉調査では、東京都二三区において経常的に生活保護を受給して借家・借間で生活している世帯のうち、平成六年七月分の実際の家賃・間代(固定資産税、敷金、地代等は含めない額)が六万一〇〇〇円以内の世帯が約九五パーセントを占め、さらに原告が転居した品川区においては約九七パーセントに達するとの結果が報告されていることがそれぞれ認められる。

したがって、本件基準及び本件局長要領が定める家賃の上限は合理性を有しているものと認められ、憲法二五条及び法の趣旨及び目的に反し、法によって与えられた裁量権の限界を越えたものであると解することはできないから、原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、敷金等につき、家賃が基準額を上回っているからという理由で一切保護を認めないのは何ら合理性がなく違法である旨主張する。

しかしながら、法の趣旨に照らせば、保護の対象となるべき住宅について家賃、間代等の限定が付されることはやむを得ないことであって、本件基準及び本件局長要領所定の基準を越える家賃・間代等を要する住居へ転居した場合には、住宅扶助のみでその家賃等を賄うことはできず、経常的最低生活費を切りつめなければ家賃等を支出することができなくなり、最低生活の保障という憲法二五条及び法の趣旨に沿わないことになるところ、所定の基準を越える家賃の住居への転居の際にその敷金等までをも保護するとすれば、結果的に実質的違法状態を助長することにもなるから、かかる場合には敷金等を支給しないとすることにも相応の合理性があるといえる。

したがって、原告の主張は採用することができない。

3 以上によれば、別紙一<9>の処分は適法であるといえる。

七  争点6(本件収入認定処分の違法性)について

1 生活保護は、生活に困窮する者が、その利用しうる資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われるものであり(法四条一項)、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基に、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度について行うものである(法八条一項)。

そして、ハナに係る国民年金障害基礎年金(平成六年一月当時で月額七万六八〇〇円)は、平成四年八月分からさくら銀行馬込支店の口座に振り込まれていたことは既に摘示したとおりである。

そうすると、右障害基礎年金は、原告世帯にとって利用し得る資産であるということができるから、右障害基礎年金を収入認定して保護費を減額した本件収入認定処分には、何ら法に反するところはない。

2 これに対し、原告は、生活保護と障害基礎年金とは全く趣旨が異なり、前者が救貧政策であるのに対し、後者は社会福祉政策であるから、生活困窮状態にある障害者は、生活保護によって最低生活を保障された上で、さらに生活を維持・向上させるために障害基礎年金の支給を受ける権利を有する旨主張する。

しかしながら、生活保護制度の目的は最低限度の生活水準を保障する点にあるから、要保護者に収入があるときは、右収入と生活保護基準との差額を支給することになるのであって、右収入が公的年金であるか、稼働・資産収入等であるかの差異は、最低生活の保障という生活保護制度の見地からは基本的に無関係なのである。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、障害基礎年金が世帯の自立のために充てられている場合には、これを法四条一項にいう利用しうる資産とみるべきではない旨主張する。

確かに、法は被保護者の自立助長をも目的としているが(一条)、同時に生活保護基準につき、被保護者の最低限度の生活需要を満たすに充分なものであって、かつ、これを越えないものでなければならない旨規定しているから(八条二項)、自立助長はあくまでも本件基準を前提に、生業扶助(一七条)等の活用等で図られるべきであるとするのが法の趣旨であると解されるから、原告の右主張は失当である。なお、原告は憲法違反をも主張するが、生活保護が他法他施策の不足を補う制度とされていることを違憲と解すべき理由はない。

さらに、原告は、被告所長が法八〇条所定の保護費の返還免除をしなかったことも違法であると主張するが、《証拠略》によれば、原告は平成六年一月分のハナの障害基礎年金につき、福祉事務所まで持参するよう保護変更決定通知書で指示されたのみで、過渡分の保護費につき地方自治法所定の滞納処分やその前提となる督促等を現実に受けたわけではなく、現時点でそのおそれがあるものとも認められないし、《証拠略》によれば、原告は法二七条に基づく被告所長の度重なる指示にもかかわらず、一年八か月以上にわたってハナの障害基礎年金についての収入申告をしなかったことが認められる上、既に摘示したように、原告はその間の障害基礎年金を主に貯蓄に充てていたというのであるから、いずれにしても、その返還を免除しなければ原告世帯の自立を直ちに阻害すると認められるような特段の事情の存在は認めることができないのである。

したがって、右の点に関する原告の主張は採用することができない。

3 以上によれば、本件収入認定処分は適法であるといえる。

八  争点7(本件各処分等に基づく損害賠償請求の適否)について

既にみたところに照らせば、別紙一<3>・<4>の各処分を除く本件各処分及び本件収入認定処分はいずれも適法である。

また、別紙一<3>・<4>の処分は取り消されるべきものであるが、原告の傷害の部位は右足第三、第四趾という身体の末端部であり、このような傷害については、個人差はあるものの不自由なりに相当の日常生活能力が存する場合も少なくなく、本件においても、原告にとって日常生活上最も困難を極めたものと認められる階段の昇降についても、例えば階段外回りの壁に背をもたせ、右足は踵を使って行うことが、炊事・洗濯等の水仕事についても、患部をビニール袋等で覆って作業をすることが、ポータブル・トイレの処理についても、処理を一日数回とすれば、その重量に照らして右昇降方法によって行い得るし、かかる方法をもってすれば消臭剤の必要も減じることがそれぞれ推認できることからすれば、原告が当時従来どおりの方法で日常生活を行うことは確かに困難であったとはいえても、工夫と努力によって一応の日常生活が可能であったと判断する余地があったことは否定できないこと、右判断を裏付けるような診断書等も存在したこと、右各処分の申請に係る期間のうち、原告は平成六年一月一日から同年二月八日には自ら家政婦を依頼してその費用を支出し、同月九日から同年三月三日までは原告自身がハナの介護をしていたこと、平成四年以来、原告がハナに係る障害基礎年金の収入申告を怠っていたこと等を総合すれば、原告に世帯員外介護費要件がないとした被告所長の判断に過失があるということはできない。なお、原告の主張する損害は原告に世帯員外介護費要件がある場合に認められるものであり、損害賠償請求においては、この点を原告において立証すべきところ、原告が右世帯員外介護費の支払に充てた原資が原告の利用しうる資産、能力に当たらないものと認めるに足りる証拠もない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、本件各処分及び本件収入認定処分の違法に基づく原告の損害賠償請求は理由がないことに帰する。

九  争点8(本件窓口支給処分1に基づく損害賠償請求の適否)について

1 法令上、生活保護費の支給方法について特段の定めはみあたらないから、その方法については保護の実施機関の裁量に委ねられているものと解されるが、《証拠略》によれば、被告所長は、<1>経常的最低生活費については、各月の初めの定例日に一か月分を金融機関の窓口を通じて支給することができる(定例払)が、<2>臨時的な経費については、緊急保護の場合を除き、各月に三回の特例日を設け、保護申請があった時点で、支払手続が可能な直近の特例日に福祉事務所の窓口で交付する(特例払)、という運用を行っていたこと、被告所長は、右運用に従い、本件窓口支給処分1についてはその対象が通院交通費であったことから、<2>の方法によったことが認められる。

2 これに対し、原告は、郵送ないし口座振込の方法によればタクシー料金はかからなかったはずであるのに、被告所長が保護費の支給方法について配慮を欠いた結果、右支出を強いられた旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、平成六年四月四日ころには、原告の症状は以前よりも軽快してきていたものと認められることなどに照らせば、被告所長において、被保護者のうちで原告にのみ、通常の運用を越えて特別に郵送等の方法で保護費を支給しなければならない職務上の義務までは認めがたいから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、保護費は原則として原告宅で支払われていた旨主張するところ、《証拠略》によれば、原告が特例払扱いの保護費を福祉事務所まで取りに来ない場合には、事務所職員らが、自宅や原告の通院先で、原告の便宜を図って臨時的な保護費を原告に直接交付することがあったことは認められるが、右のような支給方法は迅速さには欠けていたことも認められる上、保護費は常にかかる方法で被保護者に迅速に支給すべき義務を事務所職員に負わせることはできないから、原告の右主張は採用することができない。

3 以上によれば、本件窓口支給処分1に基づく損害賠償請求には理由がないことが明らかである。

一〇  争点9(洗濯機破損に基づく損害賠償請求の適否)について

《証拠略》によれば、原告が洗濯機を購入したのは昭和六三年一〇月二一日ころであること、原告は洗濯機を戸外に設置していたこと、原告洗濯機の脱水槽の内蓋は薄くて固いプラスチックであって、その切断面は鋭利であること、右破損が生じたのは平成六年五月二日ないし六日の間であるが、誰のいかなる過失により右破損が生じたのかは明らかではないことが認められ、これらを総合すれば、仮に最終的には被告区の派遣したホームヘルパーの使用によって原告洗濯機の破損が生じたものであるとしても、それがホームヘルパーの過失による異常な使用方法等に起因するものか、経年劣化がたまたま発現したにすぎないのかは不明というほかはない。もっとも、甲一五九号証には、原告が、洗濯機の製造元である三菱電機の相談センターから、洗濯機の脱水槽の内蓋が五、六年で耐用年数を迎えて自然に壊れることは通常なく、力の入れ方・使い方と密接に関係している旨聞いたとの記載部分があるが、仮にそうであるとしても、ホームヘルパーが原告洗濯機を使用し始めたのは平成五年一二月からのことであるから、それまでの原告世帯の使用方法が適切でなかったために耐用年数が短縮された可能性を否定することはできない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、ホームヘルパーの不法行為に基づく損害賠償請求には理由がないことが明らかである。

一一  争点10(本件窓口支給処分1、2等の遅延に基づく損害賠償請求の適否)について

1 《証拠略》によれば、本件窓口支給処分1、2及びこれに基づく支給に至る経緯については、以下の事実を認めることができる。

(一) 平成六年一月一四日、被告所長は、原告から別紙二(1)の生活保護変更申請書(ただし、三一日までとあるのは三〇日までとするのが正しい。)を収受したが、それによると原告は、一二月二六日、同月二八日に大森赤十字病院に通院したことになっているのに、その分のタクシー料金については請求されていなかった。

平成五年一二月二七日付けの大森赤十字病院の主治医であった網野医師から、タクシー通院に係る給付要否意見書中には、一二月一八日まではタクシー通院が必要であったと思われるが、以後は不可である旨の記載があった。

一方、平成六年一月一四日、事務所職員らは、当時の原告の通院先である新井整形外科を訪問し、主治医から、原告は松葉杖を使用していることから、バスでの通院は大変かも知れず、タクシーを利用した方が楽であろうとの意見を聴取していた。

事務所職員らは、後に原告から新井整形外科への通院交通費に係る保護申請が出された場合、それぞれの主治医の判断に従って処分を行えば一貫性を欠くおそれがあることから、新井整形外科に係る通院交通費の申請と、それについての主治医の給付要否意見書が出されるのを待った上で、総合的に通院に係るタクシー利用の要否を判断することとした。

(二) 平成六年二月八日、被告所長は、原告から別紙二(2)の生活保護変更申請書を収受した。

そこで、被告所長は、同月一〇日、新井整形外科に給付要否意見書の用紙を送付し提出を依頼するとともに、原告に対し、別紙二(1)の申請のうち請求漏れとみられる部分について釈明を求める文書を送付した。

(三) 平成六年二月一八日、被告所長は、原告から別紙二(4)の生活保護変更申請書(ただし、一日からとあるのは二日からが正しい。)を収受したが、添付されていた領収書の合計額が、申請書の請求金額と相違していた。

(四) 平成六年二月二三日、被告所長は、新井整形外科から移送に係る給付要否意見書を収受したが、その内容は、松葉杖歩行を要するため一月六日より一か月の移送を要するというものであって、前記(一)の給付要否意見書との間で不一致が生じることとなった。

そこで事務所職員らは、検討の結果、嘱託医の意見を聞くこととし(嘱託医は、月に二、三回程度来所する。)、三月一六日に嘱託医が来所した折、大森赤十字病院と新井整形外科の給付要否意見書等をそれぞれ示してタクシーによる通院の必要性について判断を仰いだところ、嘱託医は、病状だけからいえば疑問だが、通院状況等を勘案すれば利用も止むを得ない旨の意見を述べた。

これを受けて、事務所職員らは、通院に係るタクシー料金の支給を認めることにし、三月一八日、原告に電話し、別紙二(4)の申請につき正しい金額の申請書を出し直してもらうよう要請し、被告所長は、三月二三日に、正しい金額の保護申請書の提出を受けてこれを収受した。

三月二八日、被告所長は、別紙二(1)ないし(4)の申請について、その提出費用を除いて申請を認める処分(本件窓口支給処分1)をし、原告に通知した。

(五) 平成六年三月一八日、被告所長は、原告から別紙二(5)の生活保護変更申請書を収受したため、同日、港町診療所に給付要否意見書の用紙を送付してその提出を依頼した。しかしながら、港町診療所からの給付要否意見書の返送がなかったため、事務所職員が四月一三日に電話で同診療所に問い合わせたところ、通院時のタクシー利用を要するとの回答であったため、早急にその旨の給付要否意見書を提出するよう依頼し、四月一五日、被告所長は、別紙二(5)の申請について、その提出費用を除いて申請を認める処分(本件窓口支給処分2)をし、原告に通知した。

被告所長が港町診療所の給付要否意見書を収受したのは、同月一八日に至ってからである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右に認定した事実に照らせば、原告についての医療扶助に係る移送の保護の必要性について医療機関の意見が分かれ、その意見に従えば原告の城南病院を退院した直後の通院には保護を行う必要がなく、三週間程度経過した後からの通院には保護を要するという結果となるため、被告所長は、原告に対する生活保護行政の統一的運用を図る見地から、第三者である嘱託医の意見をも参考にする必要があると判断したものであって、右判断には合理性が認められること、原告の保護申請と保護費支給との時間的懸隔も、嘱託医の意見を聞く等のために必要な合理的期間とみることができること、原告の保護申請書にも請求漏れ等の不備が多く、その訂正等のために時間を要したことが認められるから、本件窓口支給処分1、2及びこれに基づく支給を違法な遅延と評価することはできない。

3 もっとも、《証拠略》によれば、ハナのタクシーによる通院の必要性については争いがなかったことが認められるし、原告についても城南病院への入院中については網野医師によってもタクシー通院の必要性は認められていたのは既に摘示したとおりであるが、福祉事務所窓口での特例払となる以上、一度の保護申請についてはできるだけまとめて保護費を支給することにも合理性があるから、保護の必要性について争いのない部分についてのみ先に支給しなかったからといって、右措置を違法とまでいうことはできない。

4 以上によれば、本件窓口支給処分等の遅延に基づく損害賠償請求については、理由がないものと解される。

一二  争点11(本件転居費用の支給遅延等に基づく損害賠償請求の適否)について

1 《証拠略》によれば、本件転居費用の支給に至る経緯については、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、原告住居の賃貸人である乙山松夫(以下「乙山」という。)から原告住居の明渡し訴訟を提起され、一審で敗訴したが、平成六年三月四日、東京高等裁判所第七民事部において和解が成立した。右和解内容は、概要、<1>乙山と原告は、同日原告住居についての賃貸借契約を合意解除し、乙山は原告に対し、原告住居の明渡しを平成六年九月三日まで猶予する、<2>乙山は、平成六年五月六日限り五〇万円、原告住居の明渡し完了後直ちに一〇〇万円を各立退料として支払う、というものであった。

なお、平成六年一月ころの原告住居の家賃は月額三万円であった。

(二) 平成六年八月初めころ、乙山から福祉事務所に電話があり、事務所職員は、原告と乙山とが原告住居の明渡しについて平成六年三月に和解しており、それに従って原告は、八月二〇日ころに部屋を明け渡すことになっていること、原告には既に立退料として五〇万円を支払っており、明渡し時にはさらに一〇〇万円を支払う予定になっていることを聴取した。

(三) 平成六年八月一〇日、事務所職員は、原告に対し、法六一条に基づき、前記和解により原告に支払われた立退料五〇万円及び今後支払われる予定の立退料一〇〇万円について、それぞれ収入申告書の提出を求める文書を送付した。

同月二三日、原告から福祉事務所に、収入等についての届出に関する文書が送付されたが、それによると、立退料五〇万円については、弁護士費用五七万円等で消費済みであるとされていた。

一〇月三一日、事務所職員は、品川福祉事務所から、同事務所が一四日に収受した原告提出に係る経費明細書を入手したが、それによると、転居及び訴訟に伴う追加経費として、弁護士費用が未払い分も含め一〇〇万円、法律相談料として五一五〇円、裁判関係書類作成費等の費用で三万七〇〇〇円及び家具什器費として一〇万円の支出を要したとされていた。

(四) 被告所長は、原告が、立退料中からは転居先の敷金、礼金及び前家賃等を支払っていないと主張する以上、別途保護費として支給することもやむを得ぬものと判断し、平成六年一一月一四日付けで別紙一<9>の処分をした。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右に認定した事実によれば、原告が自己の負担すべき弁護士費用として主張する額が現実に支出されたことを裏付ける証拠はなく、仮に原告が現実に多額の弁護士費用を負担したことなどによって、乙山から受領した立退料から本件転居費用を捻出することができなかったものとしても、賃貸人が賃借人に支払う立退料は、本来賃借人の引越代金、転居先の敷金・礼金等を補うものとして支出されるものであること、原告住居の家賃と比べれば、原告が受領した立退料は多額であると評価できることからすれば、被告所長が本件転居費用に係る保護の必要性について慎重に判断したのは当然であるものといえるし、その判断のための資料となる立退料の経費明細について、原告は被告所長に対しては明渡し完了時に受領した分につき収入及び使途の明細を申告せず、被告所長が品川福祉事務所経由でその明細を入手したのが平成六年一〇月三一日であったことに照らせば、別紙一<9>の処分が不当に遅延してされたものと認めることもできない。

なお、本件転居費用は臨時的な経費に該当するから、その支払を福祉事務所の窓口で行うことが違法とはいえないことは、争点8における判断と同様である。

3 したがって、本件転居費用の支給遅延等に基づく損害賠償請求には、理由がないことが明らかである。

一三  争点12(別紙三の各処分に基づく損害賠償請求の適否)について

1 《証拠略》によれば、介護者が休養を要することにより本件高齢者要綱にいう「介護のサービスを必要とする場合」に該当し、高齢者ホームヘルパーの派遣を受けることができることになるのは、派遣対象者が四肢不自由や徘徊痴呆等により寝たきり全面介助を要し、介護者が休養しないと必要な介護を行うことができない場合をいうものと認められるところ、既に摘示したように、ハナは杖をつけば短距離を歩くことも可能であり、公衆浴場で衣服の着脱等を自力で行えるのであるから、原告世帯は、原告の休養を理由としては高齢者ホームヘルパーの派遣を受けることができないものと解される。

2 これに対し、原告は、常時介護に当たる介護人には、週一、二日程度の休養が必要である旨主張する。確かに、《証拠略》によれば、一般的にいって、常時肉親等の介護に当たる者の精神的・肉体的疲労は決して軽くはないことが認められるが、本件高齢者要綱を前提とする限り、高齢者ホームヘルプサービスを原告が享受し得るのは本件高齢者要綱及び本件高齢者要領に所定のものに限られるものというほかはないから、原告世帯の状況が本件高齢者要領の定める基準に該当しない限り、被告所長が高齢者ホームヘルパーの派遣を行わなかったとしても、右不派遣が違法に原告の法的利益を侵害したものとはいえないのである。

3 次に、原告は、公衆浴場での入浴中の介護も高齢者ホームヘルパーの派遣申出の対象になっていた旨主張するところ、確かに、《証拠略》によれば、原告は、派遣申出書において、介護を必要とする理由として、自己の休養のほか、「介護者がいない(銭湯での入浴中)」とも記載しており、これが本件高齢者要領別紙4にいう「上記の項目以外で介護できない状況」に該当するとみる余地もあるので、以下検討する。

《証拠略》によれば、別紙三の申請がされた当時における公衆浴場での入浴に係る被告区の高齢者ホームヘルプサービス事業の状況については、以下の事実を認めることができる。

(一) 高齢者ホームヘルプサービス事業においては、派遣対象者の入浴介護も想定されていたが、これは派遣対象者の家庭に入浴設備が存在する場合に、ホームヘルパーが着衣の上から防水装備を付けて介護をする場合を前提としているものであって、公衆浴場における入浴中の介護は、制度としては想定されていなかった。そこで、被告所長は、事務所職員らとも協議し、ハナの心身状況も考慮して、何らかの方法を採り得ないか検討した。

(二) 当時、被告区において行われていた入浴サービスには、「大田区寝たきり高齢者巡回入浴サービス実施要綱」に基づくものと、「大田区立高齢者在宅サービスセンター条例」に基づくものとがあったが、これらの入浴サービスにおいては、入浴自体が危険を伴うものであることなどから、医師あるいは医療機関による入浴を可とする旨の意見書等がないと入浴サービスを受けられない取扱いとなっていた。

そこで、被告所長は、高齢者を公衆浴場での入浴中に介護するために高齢者ホームヘルパーの派遣をする場合には、右各制度に準じて、入浴の可否について医師あるいは医療機関の判断を仰ぐ必要があると考え、原告に対し、前記各制度において提出を受けている意見書等の書式を参考にして、ホームヘルパー派遣によって入浴サービスを行うための必要性をも考慮した「ホームヘルパー派遣対象者の入浴可否に関する意見書」の書式を作成し、平成六年六月二一日、原告に対して、生活保護の検診命令書を用いて、右書式につき大森赤十字病院で記載を受け提出するように依頼し、原告は、右意見書を同月二七日に被告所長に提出した。

なお、右書式は、当時一度使用されたのみである。

(三) 平成六年六月二八日、事務所職員は原告に電話し、公衆浴場内で洗い場及び脱衣所での介護を含む派遣をすることを考えているが、ホームヘルパー自身は脱衣できないので、服を着て洗い場で業務を行うことになるから、その旨公衆浴場経営者の了解を取るよう告げたが、原告は着衣のままの介護に難色を示した。

(四) 平成六年六月二九日、被告所長らは判定会議を行った。その結果、脱衣による介護は、不特定多数の面前でホームヘルパーに脱衣を強要することになり、社会通念上も妥当ではないとの結論に至った。また、判定会議の席上、着衣のままホームヘルプサービスを行う場合であっても、公衆浴場経営者や浴場組合との話し合い、利用者やホームヘルパーの健康管理の問題、ホームヘルパーの賃金の問題、数多くの利用者を前提とした場合の男性ホームヘルパーの確保の問題等、種々の条件面について今後整理をしなければならない旨の意見が出された。

被告所長は、前記(二)の入浴サービスが存在することも考慮し、結局、原告世帯に対し高齢者ホームヘルパーを入浴のために派遣することはできないと判断し、七月八日付けで不派遣通知書を発送した。

(五) 原告は、大田区高齢者在宅サービスセンターの入浴サービスにつき、平成六年五月二日付けで利用承認を受け、三回程度利用した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4 右に認定した事実によれば、被告区の高齢者ホームヘルプサービス事業において公衆浴場での入浴中の介護を制度として行うには未解決の種々の問題があったことが明らかであるし、被告区には他の入浴サービス制度があり、現に原告は右制度を利用していたのであるから、被告所長が検討の結果、別紙三<1>の処分を行ったこともやむを得ないものということができる。

5 これに対し、原告は、高齢者ホームヘルパーは公衆浴場での介護のために現に派遣されていたこともあったから、これについては前例がある旨主張し、《証拠略》中にも、これに沿うような供述部分及び記載部分がある。しかしながら、前記認定事実、《証拠略》によれば、高齢者ホームヘルパーが派遣されていたのは、ハナを公衆浴場に連れていくためであって、公衆浴場内で入浴中のハナの介護をするためではないことが(《証拠略》中、事務所職員である望月憲一が、平成六年四月と五月にハナを公衆浴場に入れるためにホームヘルパーを派遣したことがある旨供述している部分も、右のような趣旨に出たものと認められる。)、《証拠略》の記載も、ハナを公衆浴場まで送迎することを前提としていることが認められる。そして、単にハナを公衆浴場に連れていくことについては、当時既に怪我から回復していた原告でも可能であったのは明らかであるから、原告の右主張は失当である。

また、原告は、ハナには転倒事故や他客との軋轢を避けるために注意を払ってくれる者が必要であった旨主張する。しかしながら、既に摘示したように、ハナは原告が交通事故に遭う以前は、公衆浴場に連れて行きさえすれば、一人で衣服を着脱して入浴することができたことに照らすと、被告所長の不派遣通知も違法であったとまではいえないから、原告の右主張は採用することができない。

6 次に、心身障害者(児)ホームヘルパーの不派遣について検討するに、《証拠略》によれば、本件心身障害者要綱は、昭和五八年二月に、当時施行されていた心身障害者対策基本法、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法及び児童福祉法を参照して制定施行されたものであり、同要綱が派遣対象者としている「心身障害者」という概念も、右各法の概念を前提としていること、右各法律の施行当時、精神障害者は精神衛生法の定める保健医療の対象であって、右各法律にいう障害者の概念には含まれていなかったこと、本件心身障害者要綱に基づくホームヘルパーの派遣制度は、その対象として精神障害者を予定しておらず、どのような精神障害者がホームヘルパー派遣に適するか、その介護内容は他の障害者とどのように異なるか等については、なお検討しなければならないことが認められるから、精神障害者であるハナについて心身障害者(児)ホームヘルパーを派遣しなかったことも、違法とはいえないものと解される。

7 これに対し、原告は、障害者基本法や憲法一四条の理念からすれば、精神障害者を他の心身障害者と区別することは許されない旨主張する。しかしながら、障害者基本法は、国や地方公共団体が精神障害者を含む障害者の福祉を増進する責務を有することを宣言したに止まるから、地方公共団体等が立法や既存の障害者福祉制度の具体的運用においてその理念を充分に尊重すべきであるということはいえても、その旨の立法や福祉制度が存在しない場合にまで、直ちに精神障害者に対し他の障害者と同様の福祉を行うことを具体的に義務づけたものであるとまではいえないから、右主張は採用することができない。

8 以上によれば、別紙三の各処分の違法に基づく損害賠償請求には理由がないことが明らかである。

一四  結論

以上のとおりであるから、別紙一<3>・<4>の処分の取消しを求める請求は理由があるので認容し、その余の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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